変わるのは、周りの眼差し。

変わりたい、けれど、このままでいたいと思った。 

私はどうして、彼のようにただ前だけを見つめて努力ができないのだろう?


新卒一年目の広告マン。 朝から深夜まで、仕事に打ち込む。若手こそ華、失敗してもどれだけ早く起き上がれるか。 常にそれが問われているような会社で、周りからの期待も大きい中誰よりも貪欲に努力していた。


自分の才能への揺るぎない信頼。 

どんな状況でもめげない姿勢の根底にそれを感じた。私も彼の才能を信じていたし、一番近くで前へと進んでいく姿をみていたかった。 


わたしは?自分を信じているなら、なぜ真っ直ぐに努力できないの?  


なんとなく、気づいてはいた。

私にも追い求めたい景色があるし、私の人生が私をよんでいる。その声に応えるには、1人で進むしかないことを。


自分のことに必死になればなるほど、2人の時間を考える余裕がなくなっていく。変わらない好きという気持ちとの狭間で苦しんだ。


彼からの返信が途絶えて一ヶ月。

電話をかけても、夕飯に誘っても、既読がつくだけ。ピクリとも動かないトーク画面。

私側の吹き出しだけが積もっていく。寂しさと不安からくる苛立ち。

それは徐々に切なさから諦めへと変化していった。


悲しかった。

前にも一度同じ状況になったことがある。

その時は何事もなかったかのように2人の時間が再び動き出した。けれど、今回は違う。再び動き出すことはないだろうと思った。だって、もう互いに自分の時間だけをみつめている気がしたから。

自分の人生を全力で追い求めながら、2人の時間を紡いでいくほど私たちは器用じゃなかったのかもしれない。


「別れよ」 

「わかった」 

深夜と早朝に交わされた二言で、2人の時間は完全に止まった。 

涙は全く出なかった。代わりに幸せな思い出だけが走馬灯のように襲った。

あまりにも呆気ないから、一緒に過ごした2年という時間も薄かったのかなと思うくらいだ。  


思いを馳せる隙もなくわたしの状況は豪速球のように変化していく。

認められて嬉しくなったり、負けて悔しい思いもしたり、迷って悩んで、色々だ。

ただただ、自分の人生を生きている心地が心底して、嬉しくて仕方がない。


変わろう、と思って変わったのではない。自分を生きようと元の道に戻ってきただけ。けれど、周りの私をみつめる眼差しは明らかに変わった。

「きらきらしてます。本当に、とってもたくましい」 

全力で取り組んで見事に敗北したコンテストの懇親会で、話しかけてくれた新聞社に勤める小柄な女性。彼女がまっすぐに私をみて、そう言ってくれた。嬉しそうに、なにかとても麗しいものをみているかのような表情だった。


別れる前と今の私、何も変わってはいない。強いていうなら前髪を少し切ったくらいだ。

それなのに、こんな眩しい表情を向けられている。よく分からないが、確かに私は救われた気持ちになった。


自分自身が変わったかどうかなんて、自分では分からない。けれど、周りの自分をみつめる眼差しは確かに変わっていく。さっきの恍惚とした眼差しだけでなく、同情のような眼差しも当然ある。


眩しかったり、時には痛くて目を逸らしてしまいたくもなる。

けれど、彼らの眼差しはすべて、まだ見ぬ何かを掴もうと、必死に前へ進もうとする自分への祝福なのかもしれない。自分のために差し出してくれた美しい花束をつき返すなんて悲しいことはしたくない。しっかりとこの手で受け止めて、美しい花束の香りを鼻いっぱいに吸い込む。そうすれば全てエネルギーとなって、体に満ちていくはず。  


「すぐ追いついてみせるよ」 遠くかすかに見えている理想の自分に向かって呟きながら、わたしは変わらずに今日も前へと進んでいく。

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